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千葉地方裁判所 昭和49年(ワ)375号 判決

原告

伊藤信枝

ほか二名

被告

有限会社富士電設

ほか一名

主文

被告らは、各自、原告伊藤信枝に対し金八四六万四、六〇〇円、原告伊藤栄一、同伊藤喜代美に対し各金七二五万八、六四〇円ならびに右各金員に対する昭和四九年七月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(申立)

一  原告ら

1  被告らは連帯して、原告伊藤信枝に対し金一、五八八万〇、九八五円、原告伊藤栄一、同伊藤喜代美に対し各金一、一五七万五、〇二五円及びこれらに対する昭和四九年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求めた。

二  被告ら

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

(主張)

第一原告らの請求原因

一  事故の発生

訴外伊藤喜三郎(以下亡喜三郎という)は、左の交通事故(以下本件事故という)によつて死亡し、訴外熱田英男は左右大腿部骨折、左足部打撲等の傷害を負つた。

1 発生日時 昭和四八年九月二二日午前二時四五分頃

2 発生地 千葉県高根町九六四番八先附近国道一二六号線路上(以下本件事故現場という)

3 加害車両 ビユイツク自家用普通乗用自動車(チバ3サ一〇五号)(以下本件外車という)

4 同運転者 被告肥後富士男(以下被告肥後という)

5 被害車両 スズキフロンテ三六〇軽乗用自動車(8千え・一五―三六号)(以下本件事故車という)

6 同運転者 亡喜三郎

7 同乗者 訴外熱田英男

8 事故態様 亡喜三郎が本件事故車を運転して本件事故現場にさしかかつた際、被告肥後運転の本件外車がカーブを曲り切れずに対抗車線へ進入したため、これと正面衝突した。

二  被告らの責任原因

被告有限会社富士電設(以下被告会社という)は、本件外車を所有し自己のために運行の用に供していたものであり、被告肥後は被告会社の代表者であつて、本件事故当時同車を運転して自己のため運行の用に供していたものであるから、被告らは、いずれも自動車損害賠償保障法三条により連帯して本件事故につき損害賠償をする責任がある。

三  本件事故における損害

1 亡喜三郎の逸失利益

(一) 給与、農業所得等につき昇給分を除く逸失利益金二、三六四万四、五八二円

亡喜三郎は、昭和八年五月三一日生れの健康な男子で本件事故当時(四〇歳)タクシー運転手として働くかたわら農業にも従事していたものであるから、六七歳に至るまで稼働可能であり、妻と未成年の子二人を扶養していた者でその生計費は総収入の三割が相当である。亡喜三郎の逸失利益の内訳は次のとおりである。

(1) 亡喜三郎は、(イ)昭和四八年一〇月から同年一二月まで三カ月間の給与として金三一万三、四七五円、(ロ)昭和四八年一二月分の平均賞与として金七万〇、四五〇円、(ハ)三ケ月分のチツプ収入として金六万円、以上合計金四四万三、九二五円の収入が見込まれたので、亡喜三郎の生活費三割を控除した金三一万〇、七四七円が、右期間の純益である。

(2) 亡喜三郎は、昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの一年間(イ)給与及び賞与として金一四九万五、〇八四円、(ロ)チツプ収入金二四万円、(ロ)農業収入として金三〇万円、以上合計金二〇三万五、〇八四円の収入が見込まれたので、右金額から亡喜三郎の生活費三割を控除した金一四二万四、五五八円が亡喜三郎の年間純益となるところ、亡喜三郎は死亡当時四〇歳であつたから、昭和四九年から六七歳までの労働可能年数を二六年として、右年間純益による右期間の総収入額から年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると右逸失利益の現価は金二、三三万二、八三五円となる。

以上(1)、(2)の合計が金二、三六四万四、五八二円となる。

(二) 給与等の定期昇給分の逸失利益金八〇八万一、四九三円亡喜三郎が勤務していた市川交通株式会社においては、毎年金六万円を下回ることのない定期昇給が見込まれるので、亡喜三郎は就労可能な二六年間右と同額の得べかりし利益を失つたことになる。そこで年三割の生活費を差引きホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除し、右逸失利益の現価を求めるとその金額は金八〇八万一、四九三円となる。

(三) 原告らの相続

原告伊藤信枝(以下原告信枝という)は、亡喜三郎の妻であり、原告伊藤栄一(以下原告栄一という)及び原告伊藤喜代美(以下原告喜代美という)はその子であり、他に相続人はなかつたので、原告らは亡喜三郎の上記逸失利益(一)、(二)の合計金三、一七二万五、〇七五円をその相続分に応じ承継したので、原告らの取得分は各々金一、〇五七万五、〇二五円となる。

2 原告信枝の負担した葬儀費用並びに病院への支払

原告信枝は、亡喜三郎の葬儀費用として金四〇万円を、また同人の収容された病院に対する支払いとして金一万三、六〇〇円を各支出した。

3 原告らの慰謝料

亡喜三郎は一家の支柱として働いていたものであり、同人の不慮の死によつて原告らの蒙つた精神的苦痛は著しいものがある。これを慰謝するには原告信枝については金三〇〇万円、原告栄一、同喜代美については各金二五〇万円が相当である。

四  本件事故についての損害の填補

原告らは、本件事故について自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払を受けられることになつているので、そのうち原告信枝は金二〇〇万円を、原告栄一、同喜代美は各金一五〇万円を上記損害額から控除する。

五  原告信枝の事務管理に基づく償還請求

前記事故態様で明らかなとおり本件事故は被告肥後の一方的過失で惹起されたものであり、一方亡喜三郎は、本件事故車の運行につき無過失であり、また本件事故車には構造上何ら欠陥又は機能の障害はなかつたので、亡喜三郎は本件事故車の同乗者である前記熱田英男に対し、損害賠償義務を負うことはない。従つて原告信枝は、何ら右熱田に対する損害賠償義務を負担するものではないが、同原告は、右熱田の請求により、同人が本件事故によつて被つた治療費等金六九万二、三六〇円(この金額は元来被告らが支払うべき損害賠償金である)を被告らのために立替えて支払つた。

よつて原告信枝は、法律上の義務なくして被告らのために右熱田に対し弁済をなしたのであるから、被告らに対し事務管理による費用の償還請求権に基づき金六九万二、三六〇円の支払を求める。

六  弁護士費用

原告らは本件訴訟の追行を弁護士である本件原告ら代理人に依頼し、原告信枝は、昭和四八年一一月二四日着手金として金二〇万円を支払い、さらに謝金として判決認容額の一割(但し金三〇〇万円を下らない金額)を支払うことを約した。従つて被告らが負担すべき弁護士費用は金三二〇万円が相当である。

七  まとめ

よつて、原告栄一及び同喜代美はそれぞれ被告ら各自に対し、上記損害金の合計額から得べかりし保険金を控除した残額金一、一五七万五、〇二五円、原告信枝は被告ら各自に対し上記損害金合計額から保険金を控除した額に事務管理費用を加えた金一、五八八万〇、九八五円とこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年七月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第二請求原因に対する被告らの認否と抗弁

一  認否

1 請求原因一記載の事実のうち、事故の態様の部分は否認するが、その余の事実は認める。

2 同二については、被告らが本件外車を自己の運行の用に供していたことは認める。

3 同三記載の事実のうち、亡喜三郎のチツプ収入額、農業収入の額、将来の昇給の見込み額及び慰謝料額を否認し、その余の事実は不知。

4 同四、同五記載の事実のうち本件事故が被告肥後の一方的過失によつて惹起されたものであり、亡喜三郎は右事故につき無過失であるとの事実は否認し、その余の事実は不知。

5 同六記載の事実は不知。

二  被告らの抗弁

被告肥後運転の本件外車には、本件事故当時構造上何らの欠陥又は機能の障害になかつたところ、本件事故は、本件事故車を飲酒のうえ運転した亡喜三郎が、対向車線に突然進入した過失によつて起こされたものであつて、本件事故の発生について被告肥後には何らの過失もない。

第三抗弁に対する原告らの認否並びに反論

一  抗弁は時機に後れた攻撃防禦方法である。

被告らは、第一回口頭弁論以来自己の過失を争うのみであつたところ、第一〇回口頭弁論期日において裁判官から前記抗弁を主張するか否かの釈明を受けたのにこれを放置し、ようやく第一二回口頭弁論期日において免責の抗弁を主張したのであるから、右主張は、被告らの故意又は重大な過失に基づく時機に後れた攻撃防禦方法であつて本件訴訟の完結を遅延せしめるものであるから却下されるべきである。

二  認否

抗弁記載の事実はすべて否認する。

三  反論

1 本件事故現場は、千葉市中野方面から同市大草町方向へ進行してきた被告肥後からみて、下り坂の左へ急カーブしている幅員六メートルの国道であるため、本件外車を運転していた被告肥後は、同カーブを曲り切れずに同車の車体右側面を進路右端に設置してあつたガードレールに接触させ、さらに同車を道路右側部分に暴走させて、折から同市大草町方面から同市中野方向へ対向進行してきた亡喜三郎運転の本件事故車と正面衝突するに至つたが、本件外車は、その重量並びに馬力において本件事故車にまさつているため、同車をその前部にかみ合わせたまま斜め左方へ暴走し、進行方向道路左端で停止したものである。従つて本件事故は被告肥後の一方的過失に基づくものである。

2 しかるに本件事故発生後訴外青柳寛運転の車両(以下青柳車という)が、本件事故現場において本件外車に接触し、被告肥後をはねる事故(以下第二事故という)を起こしたため、所轄警察は、本件事故と第二事故との現場状況を混同し、本件事故を亡喜三郎の一方的過失に基づくものと誤つて処理したものである。

(証拠)〔略〕

理由

第一被告らの責任原因について

一  亡喜三郎が本件交通事故により死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告らは、本件外車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたうえ、本件事故は、亡喜三郎が同人の運転する本件事故車を対向車線内に突然飛び出させた一方的過失によつて惹起されたもので、被告肥後には本件事故につき何らの過失もなかつたのであるから、被告らには自賠法三条但書の免責事由がある旨主張する。

これに対し原告らは、右抗弁は時機に後れた攻撃防禦方法である旨主張するが、本件記録によれば、被告らは本件訴訟の当初から本件事故は亡喜三郎の一方的過失に基づくものであつて被告肥後には過失がない旨主張し、この点を巡つて証拠調べが進められてきたところ、第一二回口頭弁論期日において被告らは、既に取調べられた証拠資料に基づいて自賠法三条但書の免責を主張するに至つたものであつて、右抗弁の結果改めて新たな証拠調べの必要が生じたものでないことが明らかである。

従つて右抗弁は時機に後れたものといえないことはないが、本件訴訟の完結を遷延せしめるものと認めることはできないので、右抗弁の却下を求める原告らの主張は採用することができない。

三  而して、本件交通事故発生現場の模様、自動車の損害状況等についてみるに、

(1)  成立に争いのない乙一号証の一ないし七、同二号証の一ないし五、本件事故直後の現場写真であることについて争いのない甲八号証の一、二によれば、本件事故現場である千葉市高根町九六四番八付近の国道一二六号線は、同市中野方面から同市大草町方面へ勾配約四・五度の下り坂をなし、かつ曲線半径約一五〇メートルで左方にカーブした道路が、直線に入つた付近で、アスフアルト舗装されており、幅員は約六・五メートル、本件事故当時は降雨のため路面は湿潤し、スリツプしやすい状態にあつたこと、また事故現場付近には右と同一方向の道路右端にガードレールが設置されていたことを認めることができる。

(2)  次に、前記乙一号証の一ないし七、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二二、二三号証、本件外車及び本件事故車の写真であることについて争いのない甲八号証の九ないし一二、一五、一八ないし二二によれば、本件外車は車両重量一、七四〇キログラム総排気量六・五五リツトルの普通乗用自動車であり、車体左前部のヘツドランプ、ラジエーターグリル、フロントバンパー等には衝突によつて生じたと思われるかなりの損傷があり、車体の左側面には車体後部から中央ドア付近にかけて地上約六五センチメートルの高さの部位に、長さ約一・九六メートル、幅約一センチメートルから約五・五センチメートルの擦過痕一条が、同部分の地上約五〇センチメートルの高さの部位に、長さ約三五センチメートルの、その下方に長さ約二四センチメートルの「すじ状」の擦過痕二条が、車体前部の地上約六五センチメートルの高さの部位に、長さ約五〇センチメートル、幅約五センチメートルの擦過痕一条がそれぞれ存在すること、また車体右ドア後ろ部分には直径約六五センチメートルの凹損一個が存在し、前記擦過痕は右凹損の内部にも存在すること、右擦過痕及び凹損は、本件事故前には存在しなかつたこと、

本件事故車は、車両重量約四二〇キログラム、総排気量〇・三五六リツトルの軽四輪自動車であり、その前部は大破し、フロントグラスは破れ、左フエンダーミラーは折損していることを認めることができる。

(3)  さらに、前記甲八号証の一、二、乙一号証の一ないし七、本件事故現場付近の写真であることについて争いのない甲八号証の三ないし五、一三、一四、証人鵜之沢武の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲一八号証によつて本件事故現場付近の状況をみると、センターライン付近を中心とした地域(別紙図面中斜線部分付近)に本件事故車の小豆大に割れたフロントグラスの破片が散乱し、同破片中には事故車の折損した左フエンダーミラーが落ちていたこと(同図面中〈ア〉地点付近)、本件事故直後、本件外車は、進行方向に対し、その車首を左斜めに向け、車体の左前部を道路左側の路肩外に逸脱させた状態で停止し(同図面中〈2〉の位置)、本件事故車はその前部を正面衝突の状態で本件外車の前部にかみ合わせて路外に停止し(同図面中〈1〉の位置)ていたこと、また本件事故現場付近、千葉市中野寄りのガードレールには、長さ約四・五メートルの凹損(同図面中、凹損部分の位置)が存し、同位置のガードレールの地上約七〇センチメートルの高さにあるふくらみ部分に幅約二センチメートルから約四センチメートルの擦過痕が、地上約五〇センチメートルの高さにあるふくらみ部分に幅四センチメートルから約七センチメートルの擦過痕が存在することが認められる(なお、いずれも司法警察員作成の実況見分調書である乙一号証の一および七、同二号証の五、同三号証の一、三、四中に記載されている右ガードの高さと擦過痕の印象されている部分の高さは、甲八号証の一三、一四と対比してみると計測の誤りと考えられる)。

(4)  また、前記甲一八号証、乙二号証の一ないし五、証人青柳寛の証言とこれによつて真正に成立したものと認められる甲一六号証、証人鵜之沢武の証言によれば、本件事故後、本件外車と本件事故車は、前記認定の位置に前部をかみ合わせて停止していたところ、被告肥後は、自己が運転していた本件外車のみを後退させて道路センターライン寄りの位置(同図面中〈3〉の位置)に同車の向きを平行に直して停止させたこと、その二、三〇分後、訴外青柳寛は普通乗用自動車を運転し、本件外車と同一の進路、即ち千葉市中野方面から同市大草町方面へ向けて進行し、本件事故現場付近に差しかかつた際、前方に停止中の本件外車を認めたので、その右側を追い越そうとしたが、センターライン付近に被告肥後が佇立しているのを認めたことから、衝突を避けようとして、ハンドルを右に切り、急制動をかけたところ、路面が湿潤していたため自車が滑走して走行の自由を失い、自車の右前部フエンダーと右後部フエンダーを相次いで道路右端のガードレールの前記凹損部分に接触させたうえ、その反動で自車を左斜め前方に暴走させ、同車の左後部を本件外車の車体右ドアの後ろ部分に衝突させ凹損を生じさせたことを認めることができる。

四  そこで、右三の(1)ないし(4)に認定した事実関係に基づいて、本件事故の発生原因を検討することにする。

まず、本件において注目すべき点は、本件外車の車体重量が本件事故車のそれに比べて約四・一四倍と極めて勝つていることである。そして、車体重量の異なる自動車が同速度で衝突すれば、車体重量の大きい方が勝ち、車体重量の小さい方は、大きい自動車の進行方向に押し戻されることは経験則上明らかである。

そうすると、被告肥後本人尋問の結果によれば、本件事故当時、本件外車と本件事故車はいずれも時速約四・五〇キロメートル位のほぼ等速度で進行していたことを認めることができるから、本件外車は本件事故車と衝突する直前、その事故後の停止位置(別紙図面〈2〉の位置)と同一の方向、即ち進路に向つて左斜め前方に向けて進行していたところ、本件事故車と衝突し、そのまま同車を押し戻したものと優に推認することができる。

そして、現場道路センターラインを中心とした地域に本件事故車のフロントグラスの破片が散乱し、その付近に同車の左フエンダーミラーが落ちていたこと、本件外車の前部は主にその左側が破損し、本件事故車の前部が全体にわたつて破損していたことは、いずれも先に認定したところであるから、以上の事実によれば、右両自動車は道路のセンターライン付近で衝突したもので、当時、本件外車は道路の右側部分(同車の進行方向からみて)を、車首を左斜めに向けて進行しており、本件事故車は道路の左側部分(同車の進行方向からみて)のセンターライン寄りを真直ぐ進行していたところ、本件外車の左前部に本件事故車が正面衝突したものと推認することができる。

さらに、本件外車が本件事故車と衝突した際に右側通行をしていたことは、先にみた本件外車の車体右側面に存在する擦過痕の位置がいずれも同車の進行方向右側の路端に設置してあつたガードレールのふくらみ部分の地上からの高さにほぼ一致することによつても裏付けられているというべきであり、同車は本件事故車と衝突する寸前、前記ガードレールに接触したことが明らかである。

ところで、被告肥後は、亡喜三郎の運転する本件事故車がその進行車線から本件外車の走行車線内に突然進入してきたため、右両自動車が正面衝突したと供述しているが、もしもそうだとすれば、本件事故車は自己の走行車線内か道路センターライン寄りに押戻されたはずであり、既に認定した事実関係と対比してみても右供述はとうてい措信するに足りない。

また、被告肥後は、本件外車の車体右側に存在する擦過痕は訴外青柳の運転する自動車が本件外車に接触した際に生じたものであり、本件外車がガードレールに接触した際に生じたものではないと供述している。しかしながら、右擦過痕は、前認定のとおり右青柳車との衝突によつて生じた本件外車の右側面の凹損の内部にも見られるのであつて、擦過痕と凹損とは、同一機会に生じたものと考えることは不可能であり、右擦過痕は、ガードレールとの接触によるものとみるほかはない。のみならず、証人青柳寛の証言と対比してみると、被告肥後の右供述部分は信用できない。

さらに、本件事故の捜査を担当した警察官である証人湯浅三郎は、同証人がガードレールの凹損部分に付着していた塗料を採取して検査したところ訴外青柳の運転していた自動車の塗料のみが検出されたと証言しているけれども、同証人が被告肥後の指示説明、即ち、同被告の運転する本件外車右側通行をしたことはなく、亡喜三郎の運転する本件事故車が本件外車の進行車線内に進入したため本件事故が発生したとの説明による事実を前提として実況見分等の捜査を行つていたことは、その証言自体から明らかなのであるから、同証人が行つた付着塗料の採取が完全なものであつたか否かについては疑問の余地があり、また、証人伊藤昭二の証言にてらしてみても、右の湯浅証言をもつて、前記認定を左右するに足りるものとすることはできない。

五  要するに、本件事故は、被告肥後の右側通行の過失によつて惹起されたものであり、亡喜三郎には何らの過失もなかつたことが明らかであるから、被告らの免責の抗弁が理由のないことはいうまでもない。

そして、被告らがいずれも本件外車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被告らは自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

第二損害

一  亡喜三郎の逸失利益

成立に争いのない甲一号証、同七号証、証人森内勇の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる同五、六号証、原告信枝本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、亡喜三郎は、昭和八年五月三一日生(死亡当時四〇歳)の男子で、本件事故当時は訴外市川交通自動車株式会社にタクシー運転手として勤務し、事故前三カ月間に合計金三一万三、四七五円(年額一二五万三、九〇〇〇円)の給与と年額金七万〇、四五〇円の賞与、以上合計金一三二万四、三五〇円の給与所得を得ていたこと、勤務明けの日には妻である原告信枝と共に農業に従事し、昭和四七年度中、年額金一二万二、一〇二円の農業収入を得ていたことを認めることができる。

さらに、同人は六七歳までの二七年間は就労が可能であつたと考えられるから、右の事実関係に基づき、高度の蓋然性を持つと考えられる亡喜三郎の収益を検討すると、同人は右就労が可能な期間、控え目に見積つても、前記給与所得に農業所得の半額(経験則に照らすと亡喜三郎の農業収入に対する寄与率を五割とするのが相当である)を加えた金額金一四三万〇、四〇一円を下廻ることのない年収をあげることが出来たものというべきであるから、右期間を通じて年収の三割に当る生活費の支出を余儀なくされるものと推認し、給与所得と生活費との差額について、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、亡喜三郎の得べかりし利益の同人死亡時の現価は次の計算式により金一、六八二万五、九二一円となる。

1,430,401円×(1-0.3)×16.8044(係数)=16,825,921円

ところで、原告らは、亡喜三郎が年額金二四万円のチツプ収入を得ていた旨主張し、これを逸失利益として請求している。しかし、チツプ収入が一時的な収入であり浮動性の激しいものであることは経験則上明らかであるから、右収入を客観的、合理的に確定することは困難であり、これを逸失利益の算定の根拠とすることは相当でない。

また、原告らは、定期昇給を得べかりし利益の一部として請求しているが、昇給は、それが技能あるいは企業内の地位の上昇に伴うもので、その額や昇給期間を定めるについて高度の蓋然性を有する根拠が存在するような場合ならば格別(本件においては、この点に関し何らの主張、立証はなされていない)、経済変動に伴う名目的な昇給にすぎない場合には、昇給額がすべて実質的な賃金の上昇を意味するものとはいえないのであつて、しかも、原告らは、亡喜三郎の逸失利益の同人死亡時における現価を一時払いによつて受領し、これを利用しうるのであるから、逸失利益の算定にあたり、原告らの主張するような昇給分を考慮することは公平の観念に照らしても相当ではない。

二  相続

前記甲一号証によれば、原告信枝は亡喜三郎の妻、原告栄一、同喜代美はその子であり、他に相続人のないことを認めることができるから、原告らは、右認にかかる亡喜三郎の逸失利益をその法定相続分に応じ各金五六〇万八、六四〇円宛承継取得したことになる。

三  葬儀費用等

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二号証、原告信枝本人尋問の結果によれば、原告信枝は、亡喜三郎の治療費等として金一万三、六〇〇円を支出し、また同人の葬儀を執り行ない、その費用として金四〇万円を下廻ることのない支出をし、右と同額の損害を蒙つた事実を認めることが出来る。

四  慰謝料

亡喜三郎が本件交通事故によつて死亡したため蒙つた原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては、前記認定にかかる事故の態様、亡喜三郎の年齢、家族関係等の本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告信枝について金三〇〇万円、原告栄一、同喜代美について各金二五〇万円が相当である。

五  損害の填補

原告らは、本件交通事故による自賠責保険金として、原告信枝が金二〇〇万円、同栄一、同喜代美が各金一五〇万円の支払を受ける予定であるとして、これを上記の損害賠償額から控除することを自認しているので、上記各損害から右控除額を差引いた損害賠償額は、原告信枝について金七〇二万二、二四〇円、原告栄一、同喜代美について各金六六〇万八、六四〇円となる。

六  事務管理に基づく償還請求

本件事故車に同乗していた訴外熱田英男が、本件事故により傷害を負つたこと、被告らがいずれも本件外車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがなく、原告信枝本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲三号証の一ないし九によれば、原告信枝は、訴外熱田から本件事故により同訴外人が受けた傷害の治療費の賠償を求められたので、本件事故の責任の所在はともかくとして、同訴外人が亡喜三郎と知己の間柄にあつたことから、やむなく昭和四九年四月九日までの間に合計金六九万二、三六〇円を損害金として支払つたことを認めることができる。そして、右金額は訴外熱田の受けた傷害の部位、程度から判断して、これを不当とする特段の事情も認められないし、また第一項において認定したところによれば、本件交通事故は、本件外車を運転していた被告肥後の過失によつて生じたものであり、本件事故車を運転していた亡喜三郎には何らの過失も存しなかつたことが明らかである。

そうだとすれば、原告信枝と被告らとの間には事務管理が成立しているものというべきであるから、被告らは、原告信枝に対し右損害賠償金を償還すべき義務を負つていることが明らかである。

七  弁護士費用

原告信枝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告らが任意の弁済に応じないので、弁護士である原告ら代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、手数料及び成功報酬を支払う旨を約した事実を認めることが出来る。そこで、本件事故の態様、審理の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告らに負担さすべき弁護士費用は、手数料、成功報酬をあわせて、原告信枝について金七五万円、原告栄一、同喜代美について各金六五万円とするのが相当である。

八  要約

従つて、被告らは、各自、原告信枝に対し五項掲記の損害賠償額に右の事務管理費用と弁護士費用を加えた総計金八四六万四、六〇〇円、原告栄一、原告喜代美に対し、五項掲記の損害賠償額に右弁護士費用を加えた総計各金七二五万八、六四〇円とこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年七月一九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽競 井上廣道 廣田民生)

別紙 図面

〈省略〉

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